逢魔舊森深淵
(おうま ふるもりのふかま)

         お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より (お侍 習作198)
 


     2



今回、あまりに広大な廃屋の中という、
さっぱりと勝手の判らぬ、しかも相手には土地勘ありきらしい場所が、
直接交渉の舞台となってしまったため。
丁度 宿場で顔を合わせていた平八へも声をかけ、
人質への安全優先、
万全を期して取り掛かった“人質救出大作戦”だったのだけれども。

 「手掛けてみればあっと言うまで、
  しかも、あの広間の天井落としには
  勘兵衛殿の太刀さばきしか使ってはおりませぬのに。」

私までもが、ご尽力感謝と金子までいただいていいのでしょうかと、
何の何の、特殊な電波とやらを使い、壁の向こうや物陰に潜むくせ者をすべて、
片っ端からあぶり出してくれたお手柄は素晴らしく。
雷電の目や耳に使われていた“もにたー”という装置まで使い、
広間までの侵入者を監視していた相手の姑息な周到さの、
そのまた上を行っての見事な収拾ぶりには、
州廻りの役人らのかかりゅうど、
防犯や検挙に使う道具を研究している顔触れ一同も、
是非とも参考にしたいと申し入れているそうで。

 「壁の向こうが透けて見えるとは、
  最初どのような場合に備えて思いつかれた仕儀なのですか?」

 「いや何、発案したのは私じゃありませんで。」

大本の仕儀はといや、
こたびのように、何者かが潜んでいるところへ
味方が危なくないように突入するためだったと思いますよ?と、
大したことでもないかのような言いようをした工兵殿。

 「それにつけても、」

大戦中の技術があって良かったというほどに、
微妙に困った事態となってしまったのも、
元を正せば 深い奥向きが見通せぬ、あのような怪しい廃屋があったせいであり。

 「あんなお化け屋敷がいつまでも居残っているのも
  問題っちゃあ問題ですよね。」

長く空き屋のままな廃屋というのは本当に厄介で、
浮浪者が住み着いたり胡亂な輩が徒党を組む相談をしてみたり、
はみ出し者らが溜まり場にしたりと、ロクでもないことに使われた挙句。
不審火を出したり、
今回のような輩のアジトや足場にされてしまったりするのがオチ。
とはいえ、正式な地主がいる物件だと、
役所やお上でも、そうそう安易に手を出せない場合が多々あるそうで。

 「ましてや、あの屋敷には良からぬ噂もあるものだから、
  明るい昼間であれ、
  大の大人でも遠回りしてしまうほど怖がられておりますしねぇ。」

そうと語ってくれたのは、いつもの伝令 兼 連絡係の中司殿で。

 「というのも…。」

その昔、そう遠くはない土地を治めていた太主によって、
美貌だけでもって買われたと陰口叩かれた、
たいそう見目のいい妾が囲われていたらしく。
陰口として残っているのは、
元からそういう性根だったか、
それともそんな扱いから世を拗ねての曲がったか、
そりゃあ鼻っ柱の強い、ただただ高慢でいやな性格の女性でもあったようで。
直接接しはしないよな、下々の使用人たちでさえ、
無理難題に振り回されてのなかなか居着かぬ中、
傍仕えの小間使いが辛抱強く我儘をきいてやっていたけれど。
そんな少女の健気な心掛けへ、太主の跡取りが気を引かれ、
是非とも妻にと召し出したことから、
歪んだ性格に より一層の拍車が掛かったそうで。

 「確か、末路は相当に悲惨だったと訊いてますが。」

そも、思いやりの欠片も無い仕打ちから随分と憎まれていて、
しかも彼女を直接囲っていた太主も、別な女へと心変わりをした。
面目のためか、仕送りは途切れなかったそうですが、
後ろ盾が見切った存在、しかもこんな田舎へなんてと、
多数いた取り巻きらも、
もはや誰もわざわざ運びもしないとあっての蟄居も同然。
そんなこんなで ますますと根性が曲がってしまい、
僻みからか周囲への八つ当たりも増え、
言い掛かりから恥をかかされた挙句に自害した下女の、
家族だか恋人だかから深く恨まれた末に、
その先の崖から突き落とされて殺されたとかいう話でしたが…。

 「それって、ですが どこまで本当ですことやら。」
 「え?」

おどろおどろしい話には とんと不似合いな、
明るい陽射しの下にて、きょとんとした中司だったのへ、

 「例えばとある王朝が滅びて新しい王政が立ったおりには、
  その前の王様がどんな愚王だったかとか、
  民がどれほど苦衷にあえいでいたかを記した歴史書が編纂されるそうです。」

あの廃屋もそれと似たような案配かも知れぬ。
直接の証人もいないほど古い話、
しかも間接的ではありますが、
当時の途轍もない威勢者のやらかしたことでしょう?
今となっては庇い立てする後ろ盾もいず、
後継者も途絶えているのか、
もしくは気立てのいいお嬢さんを娶った跡取りが
別な土地で政治家にでもなっているものか。

 「政治家?」
 「はいな。土地もちの金満家よりも、
  より多くの人を泣かしたかも知れぬ政治家かも。」

でもでも、本人への悪口なんて到底口にも出来ぬとあって。
そこでとそのお妾さんが、
体のいい悪者に仕立て上げられたのかもしれない。

 「なので、どこまで事実かは怪しいものですよ。」
 「…ははあ、そういうものですか。」

いかにも もっともらしいお話であれ、
実のところは誰かが操作したものかも知れないと。
一筋縄では行かない世界をたんと見て来た工兵さんが、
まだまだ駆け出しのお役人へと忠告し。
そんな彼らと離れた床几に腰掛けて、
初夏の風に髪や衣を揺らし、のんびりと新茶を堪能しつつ。
これから発つ先の宿場の方角を、
伸びやかな青空の下へ見やっておいでの褐白金紅のお二人はといや、

 「………? いかがした?」
 「〜〜〜〜。」

寡黙な相棒が綺麗な手をほれと突き出したのへ、
ほらほらと振って見せるは、同じようにせよとの催促と気づいてのこと。
勘兵衛が、こちらは手のひらを開き、上へ向けて出して見せると、

  そこへと落とされたのが、ザラメをまぶした金色の飴玉で。

 「???? 久蔵?」
 「やる。」

あの騒動の中、助け出したお嬢さんが、お友達と分けてねとくれたらしく。

 「米にも。」
 「はい、いただきましたよvv」

お隣の床几から、首を伸ばしての合いの手が返る。
大変な仕儀へと対処なさった、鬼のような太刀使いの君だというに、
大きめのあめ玉で頬をコロンと膨らませているのは
ちょっと反則じゃあなかろかと。
すぐの間近におられた壮年殿は、ただただ苦笑をこぼしておられただけだったが、
本部へ戻った中司殿としては 悩ましげに語ったそうで。

 ただ…それこそ、
 果たして どれほどのお仲間が信じて下さったことなやら。

どんな事態へも、相変わらずの調子でかかって 苦もなく片づける、
それはそれは素晴らしい練達揃いの“褐白金紅”のお二人は、だが、
本当の本当はといや、
想いも拠らないところで困ったお顔を持つ、
実は可愛らしくもあるお人らなようでございます。






   〜Fine〜  13.07.08.


  *何だこりゃなオチですいません。
   いえね、どんなに緊迫してようが、
   どんなに神憑りなことをやらかそうが、
   根はちいとも変わっとらんお人たちだということで。
   シチさんも加えたかったですね、あめ玉の下りあたりで。

   「そんな、一遍に頬張ったら
    頬の端っこが い〜〜ってなって、シリシリ痛くなりますよ?」

   「……っ!」
(笑)

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